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2014年2月6日木曜日

蘇民将来 そみんしょうらい 子孫の家

蘇民将来のお話を初めて聞いたときは驚きました。
ご存知のとおり?石ちゃんは将来と書いてマサキ君。


まさにうちは蘇民将来子孫の家…。


いただいた御札としめ縄を玄関に飾りました。

貧しくとも、来てくださる方々をおもてなししたい、
我が家ろくえんどんへ、ウェルカム千客万来!


家の入口より







昨日もうれしいお客さま♡

お客さんが来るとやっぱり嬉しくて嬉しくてつい頑張っちゃう。
やっぱり訪れの家でありたいもんね。



だから今日はもう思い切ってちょっとおサボり。


水抜きを忘れてしまい、外にある洗濯機は凍って
しばらく稼働しないし、、、、



山のような洗濯物も、とりあえずいいや!(笑)


でも完全なオフなどないのですよね、
乳飲み子のいる母は。

つかの間のオフもうれしい限り。



 目の前の道路向こうは田んぼ。その奥に寝釈迦さま。
杜が仰向けで寝ているお釈迦様のようで、
地元では昔から「寝釈迦さま」と言われているそうです。








とはいえ、子守をしてくれる母が来てくれるのは
なによりの楽しみ。


だから毎月、来てくれる日を指折り数える、、、、
あと何日がんばれば・・・・・


 落ち葉が浮かぶアート(笑)なんちて








でもこうしてカメラを出して撮ろう!と思うようになっただけ
だいぶ余裕でてきたんだ。





庭の隅に打ち捨てられていた、朽ちかけた七輪。

捨てちゃうのがもったいないくらい、いい味だったので
ローズマリーを入れてみました。
枯れかけたウメモドキも挿しておいたら、こんなところまで
ヒヨドリさんが食べ尽くしました。











 クリスマスに我が家にやってきたステキなアートたち♡
石田家全員、愛してやまない太鼓の先生ソロケイタ画伯の絵です!
 

この牛の絵を見ると、森は「タイコ!タイコ!」と言います。
ソロさん=タイコ
森の中ではそうなってます。









暦の上ではもう春。
梅のつぼみもふくらんできました。




「オんメー、アタシらのころなんて朝起きたらまず火起こし!
かまどに火ぃ入れて、飯炊いて、
田んぼやって畑やって、
あかんぼ背負って、
アンタ、もちろんぜんぶ手仕事だんよ。
もちろん今みてーに紙オムツなんてもんはねーから
ぜんぶ布だよ。自分で縫ってな。

今みてーに老人ホームなんてもんもねーから
年寄りもみんな見ただよ。
おめーそれもみんな布のオムツだよ!

川で手で洗うだよ、ぜんぶだよ。

そりゃ乾かねーよ、だいたい2日かかったねぇ。

帰れば爺さんにイビられっだよ、飯はまだか!ってきたもんだ。

風呂だって毎日はいっだよ、野良仕事だかんね、汗かくべ。

五右衛門風呂だよ、あんた、毎日沸かすだよ。


それがなーに今じゃ、ぜんぶボタン一つだべ。

火おこすのも飯たくのも、風呂だって「もうすぐ沸きます」なんて
教えてくれっだからよ。
まー楽な時代になったもんだよ。

あたしらからしたら、オメー信じらんねーだよ。」


近所の婆さんたちは、みんな言うだ。

嘘みてーだけど、日本もほんの数十年前までは
そんなアフリカみてーな生活だったんだね。



いやーまったく退化してるよね!人間ちゅーもんは。
私というニンゲンは母親の退化型ですよ、まったく。
どーだ、まいったか!(笑)

時代と言ってしまえば、それまで。

子供のころから自分の部屋をあたえられ、
自分の好きなことをして、
面倒くさいことからは
なるべく遠ざかって生きてこれて、
自分の好きなように時間をつかってきた
現代女子にとって、母業はまさに苦行!




しかしどんな仕事も、家事ももちろんぜんぶ経験だよね。


同じ時間でこれほどまでにできることが違う・・・。


ま、しゃんめ。
少しずつ、少しずつ、
近所の婆さんたちにはとてもかなわないけど、
少しずつ、出来る範囲が広がるようにね。



早く春が来ないかなぁー

2013年7月18日木曜日

ミラクル おきた

3月に100歳の大婆様が倒れ、さすがに覚悟を決めたものの、
すばらしい生命力で、なんと2ヶ月後には一時退院。
 

森の初節句のお祝いのときには、自宅にいらした。





この時のお婆ちゃんの瞳がほんとうに光ってて、思わずカメラを向けた。

森の瞳の光と、まったく違う光り方だけど、あきらかに普通の人間のもつ
光と違う気がした。





その後、また容態が悪化し、再入院。




倒れてから、なんども「いよいよか・・・・」という時があっても、
その度それを乗り越え、私たち家族は驚きと安堵と、
そしてちょっと不安を感じていた。


私はただただ、100歳まで生きてきたお婆ちゃんの命の強さに圧倒されると同時に、
やっぱり私たちは、ただ「生かされている」に過ぎないんだろうなぁと、
ひしひしと感じた。


 週に1度はお見舞いに行くと、誰が行くより、一番、「森が来たよ」という声に
お婆ちゃんは反応した。

調子のいい時は、「ばぁ!いたいた!」などと森をあやしたり。
「かわいいねぇ」と言いながら、森のぷくぷくな足を触ったり。
森も今までと違うお婆ちゃんに戸惑いながらも、けなげに笑ったりしていた。






そして、倒れて3ヶ月後、100歳10ヶ月の尊い生命が、とうとう天に召された。


私は、血は繋がってないけれど、初めて、肉親の死を目の当たりにして
心が静寂に満たされれるような感覚になった。


まだその辺に浮かんでいる、お婆ちゃんの魂を感じた。



 ○○○○○○○○○○○○



石田の遠縁に葬儀屋さんがいるので、今回はそのIさんにいろいろ手配をお願いしていた。


私は初めて会う方、マサキ君は顔を知っている程度。


通夜の時、 開式までの空き時間、Iさんとマサキ君が雑談をしていると、
私たちが6年前に、初めて自然農を教えてもらったKさんに
去年まで田んぼを貸していたのがIさんだった。

私たちはもちろん、その田んぼで1年学ばせてもらっていた。

Iさんはなので、自然農のことを知っていた。

私たちもその「エコ農業」(と、Iさんは言う)をしていて、
家と田畑を探しているという話をしたら、
なんと前日に葬儀をした人の家が空き家になってしまい、
住んでくれる人を探している、という。


トントントン、と話が進み、
私たちが今住んでいる佐倉市に隣接する、石田の実家のある
八街市にその家はあり、
私たちは家賃ナシ(!)で、家主さんにお支払いするのは
年間の固定資産税のみ(それでも今のアパートの1か月分の家賃より安い!)。
さらに自然農にはもってこいの、荒れ果てた田畑付、で借りることになった。



その昔、六衛門さんが住んでいたという、屋号は「ろくえんどん」




このタイミング、

そしてこの条件。



お婆ちゃんがかわいい孫のマサキ、かわいいかわいい彦孫の森、そして私のために、
最後にくれたビックプレゼント・・・・・・・・・・・


それ以外に考えられない。




あの世とこの世を行ったり来たりしながら、
お婆ちゃんがいろいろいい条件のおうちを探してくれて、
ここの太七お爺さんに

「あんたさぁ、うちのマー君いい子だから、きっと家をきれいに使ってくれる
 からさ、ね?いいでしょうよぉ」


なんてかけあって、

「じゃあんた先死んで、あたしが次の日逝くわ」
って決めたとしか思えない(笑)

(実際1日違いで亡くなった)






念ずれは通ず。



感謝感謝、もう感謝。
私は手を合わせて、頭を下げるしかできない。


○○○○○○○○○○○○






「お金がこの世界を動かしている」という幻想のもと、
狂い進む現代へのアンチテーゼとして
私たちが生きていいよ、と後押しされたのか。


もちろん、お金が無ければ現代では生きてはいけない。


私は文明も否定できないし、この現代に生きていることに感謝しています。


でも自然農を始めて6年。




現代的な価値観でいうと、作ったものをお金に代えることができ、
それで生活することが「一人前」「ものになった」というならば、
私たちは、いつまでたっても半人前で、
まったくもって「ものにならない」です。




でも、それでも自然農を続けさせてもらえてる。

これだけでもありがたい、天に感謝(もちろん現金を稼いでくれるマサキ君へも)
の気持ちだったけど、
さらなる新しい舞台も用意してもらえた・・・・・・

進んでいいよ、と。




とにかく口だけ番長、実際はまったくもってヘタレな私は、
この現実にしょうじき面食らってしまった(笑)


緑に囲まれ、田園地帯で、古いおうちに住んで、自然農をする。


宝クジが当たらなければ、けっして叶うことはないと思ってたけど、
ぜったい実現する、と強く念じていた夢が、
目の前に現れて・・・・・・・・



しばらく呆然としました、、、、(笑)



○○○○○○○○○○○○

どんな場合でも、そこに「謙虚なこころ」が無ければ、
いかなる学びもない



誰に聞いたか、どこで読んだか忘れてしまったのですが、
私にはこの言葉が、突き刺さった。


私は生まれつき傲慢な性格なのか
(「なぜか基本、上から目線」とマサキ君にいつもツっこまれます、、、笑)、
こどもの頃からほんとうに謙虚な気持ちになれることが少なかった、と思う。




だからこそ、こころから頭を下げたくなるような気持ちになれるとき、
私はなぜか、ほんとうにうれしかった。


そして自然農を始めて、私はそういう気持ちを沢山味わえるようになった
気がする。


自然がわたしをそうしてくれた。

自然がわたしに気づかせてくれた。




そんな時、私は幸せを感じた。




○○○○○○○○○○○○


自然農は、真にサステナブル。

(環境に多大な負荷を与えず、持続可能な状態であるさま。)

 

機械を使わないから、燃料はいらない。
(草刈機はけっこう使うけど、、)



耕さないから、土は痩せず、流出しない。


 
農薬肥料を使わないから、水が汚れない。



草があるから、無数の微生物や、昆虫、小動物が生き、
ほんの少しのスペースでも、そこはさながらビオトープになる。

まさに生物多様性そのもの。


できる作物は、この上なく、旨い。



母なる地球を、損なわない。







日本中の農家が、1軒でも、自然農になったら、この日本の自然は
どれだけ甦るだろう。



私たちは、その1軒になりたい。



農家じゃなくても、一人でも多くの人が自然農を実践して
じぶんの食べ物をつくるようになったら。


私はそれを心から願う。


○○○○○○○○○○○○



念ずれは通ず。

引き寄せの法則。

ザ・シークレット。



今、目の前にある、すべての具現化されたもの
(pc?、スマホ?、つり革?、マグカップ?)は、必ず、
一度だれかの心でデザインされたもの。



私たちが心で何をデザインするのか。



この具現化された世界は、ただただそのことだけでできている。


私はそれを心から信じる。






ニューヒーローは世界を変えない。

もちろんニューヒーローはポジティブなバイブレーション。


でも。
世界を変えるのは、ただ私たち、一人一人にかかってる。





心のなかで、
誰かを排除したり、差別したり、妬んだり、否定したり、


そういう思いがある限り、戦争や競争は無くならない。



ということは、戦争は決して無くならないのかも、とも思える。



でもだからこそ、微力な私たち一人一人が、日々何を思って生きるのか、が
些細なことだけど、どれだけのエネルギーになるんだろう、と思う。



私はそれを心から信じる。




もちろん、私はぜーんぜんできてない。


本当に情けないほど、ネガティブな発想は消せない。
不完全きわまりない。


でもそんな自分を私は認める。


不完全な私だから、不完全なあなたを、不完全な世界を認める。



そうやって、少しずつしか進めない。




でも私もがんばるよ。




こどもたちに、少しでも、美しい世界を残していけるように。










さぁこれからが本番!


まっくろくろ助ならかわいいが、かーなーりオゾマシーーートコロもある
家の大掃除に精が出ます(笑)(ちゃん&ババありがとう!)


でも「こんな汚いのもう捨てなきゃムリでしょ」と、
ヘタレな私はすぐに思っちゃうのですが、、、(しーまへん)

そんなでも、一生懸命、洗って磨いていくと、驚くほどキレイになるの!
もうビックリビックリのビフォーアフターの連続。
教えてくれる、石田父母に大感謝。

そしてそれがまた新しい感激です。




台所の窓を開ければ目の前には田んぼ。今はグリーンがまぶしい。黄金色の季節も綺麗だろうなぁ



庭にはこんなサボテンの花が。写真は取れなかったけど、水が綺麗なところにしかいない、黒トンボもいました。






庭には、梅の木、柿の木、柚の木、キウイの木、、、、
この後りっぱなケヤキは切り倒され、今は山肌が見えている。。悲しい、、、






5年目に入った、印旛の畑は、ほんとうに草もいい感じで
作物もようやくなんとなく育つようになってきて、
手放すのはほんとうに惜しいし、悲しいのですが、、、、、



新しい田畑に出会い、また1からがんばります。



なにより田んぼができるのがうれしい。

私たちが借りる予定の田んぼは奥の木が生えちゃってるところ。昔はホタルも出たらしい。


今月末には引っ越す予定です。


それまでに、どうにか住める程度まで、掃除がんばって。
割れたガラスも入れ、腐った畳も替え。
汲み取りトイレはコンポストトイレにして。

やることは山積み。



7月2日、森はぶじに1歳になりました。


1歳の誕生日プレゼントは、私たちからはもちろん、ジャンベ!

そして大婆ちゃんから、おうち。
すごいね(笑)







1歳までかるい鼻風邪しかひかなかったのに、誕生日翌日からいきなりロタウィルス、、、(笑)いきなり1歳から試練です、、、
いまは湿疹がだいぶ出てます。




しかし誰に似たのか、太鼓バカ・・・・・(笑)
目が覚めると、まず、パカパカ叩いてます、、、



森はトトロに会えるかな。

ステキな子ども時代を過せるように・・・・・・・



一緒に頑張ろうね(^ ^)/♡

2013年2月27日水曜日

子宮は神の宿る「お宮」


子宮は神の宿る「お宮」。
だから産道(参道)があるとな。
いつも美しく暖かくしておけば不妊も婦人病も問題ない。
そのためには命あるものをいただくように。
食事と生活を悔い改めるのみ。

「お天道様が金くれ」って言う?本当のものはみんなタダ。

人生は心地よく機嫌よく。
神様は悦びしか与えてない。
お前が成就できないのはまだ魂磨き、修行が足らんだけ。

すべて感性。「教育」はいらん。


昔の女は大和撫子。掴んだら死んでも離さない強さがあったもんよ。


====
なーんて言ってくれる婆ちゃんが昔はいっぱいいたんだろうな。
素晴らしい!
そんな婆ちゃんがいたら何も怖いものはなく、たくましく生きていけた。


そんな逞しい婆ちゃんになりたいです。

http://amanakuni.net/GraphicData/129masumi2b.jpg
FBで知った、名前のない新聞(懐かしい!)に掲載された
野草家若杉ばあちゃんのインタビュー記事の全文。
本当に素晴らしいです。

【若杉友子さんインタビュー 「子宮を救えるのは自分しかいないのよ。」】

http://amanakuni.net/Namaenonai-shinbun/Namae129-masumi.html

2012年2月23日木曜日

婆ちゃんズ 妊娠編



今年の冬は寒すぎてめっきり畑に行く回数も減ると、おばあちゃんたちに
会えるのが減ってしまいさみしいのですが、久々おばあちゃんショット。

夏は手ぬぐい、冬は手編みのニット帽が定番。

超かわいい。



ところでちょうど妊娠がわかる前の9月くらい、まだだいぶ暑かったころに
例によっておばあちゃんと、休憩にお茶をすすっていたところ、突然、

「おめぇら、こどもできねぇな」とおばあちゃん。


!!
あまりの唐突の発言に私も大笑い!
「そうですね~(笑)はははー」と返事すると

「一人もいねえんじゃ、しゃんめぇよ(しょうがないよ)」と続ける(笑)

場合によってはそんな風に言われてショックを受けちゃう人もいると思いますが
私はなんだかその唐突で、あまりにも無遠慮な可愛いおばあちゃんの発言が
可笑しくて可笑しくて笑い転げてしまった。

それに、結婚してからもうだいぶ経つことを知ってくれて気にかけてくれてるんだ、
と思ったらうれしくて。


「いま33か?あっちゅーまにシジュウだべ。
 33っつったらオレん時じゃ しめーの頃(終わりの頃)だぞ」

かわいい笑みを浮かべてのたまうおばあちゃん。


「そうですよねぇ、赤ちゃんできるといいなぁ」なんてお返事したら
やってきてくれたんですよね。


かくいうおばあちゃんの所にも、来月初めての曾孫さんが誕生予定♪

本当にことし出産が多いですよね。


3.11で被災して亡くなられた方が多いことが無関係ではない気がします。



そんな話をしてけっこうすぐに授かったものだかたら、おばあちゃんも
すごく喜んでくれて。



久々にお会いしたら「よかったなぁ」と言ってくれて、やっぱり
「ひとりもいねぇんじゃ しゃんめーからな」と笑う(笑)


「(予定日)おめぇんとこは4月だったか?」と聞くので「7月ですよー」というと

「ずいぶん遅くなっちまったな」だって(笑)


遅くなったわけじゃないよ、最初からだよーと言っても聞いてないし(笑)



また妊娠がわかってすぐの頃、さむーーーい日に畑で会った、下なえん婆さん(下の家の婆さん)。

「さみぃなぁ。こうサミィとやんなるわ」とめずらしく浮かない顔をしていたのですが、
なんとなく自然と赤ちゃんの話になって、うちにも授かったというと急にパァ~っと
明るい表情に。


婆さんはツワリが酷かったらしく、さんざんどんなに辛かったか話してくれて
嫁ぐ前だったら家のすぐ近くに医者がいたから、そこに行けば

「ツーといえば ハーだったのによ」

でまた私たちは爆笑。
さすが田舎ではツーカーじゃなくて、ツーハーらしい(笑)


私がツワリが全然無いというと、ちょっと怪訝そうな顔をしていたけど
やたらに眠いよというと、またニンヤリして

「そらできてるわ」


だって(笑)


婆さんもとにかく眠かったらしくて

「ピーナツもじきながら眠くて眠くてよ。休んでいいって言われたら
 そのへん突っ伏して、ゴンゴン ゴンゴン 寝たもんだ」って(笑)


いやーこの 「ゴンゴン ゴンゴン寝る」って表現があまりにもピッタリすぎて
恐れ入りましたわ(-_-)゜zzz…



そして石田家のことし100歳のおばあちゃんも喜んでくれて。

「あたしらん時なんて、食べるもんがなかったからよ。
 町に買い物行ったって、なんせなにも売ってないんだから、どうしょもないよ。
 何食ってたんだかねぇー へへ」だって。




ほんと、今の妊婦さんたちは食べるものが溢れてるから「太るな太るな」って
言われるけど、昔の人は食べるものが無かったなんて、いまじゃ想像することも
難しいけど・・・・


かわいい婆ちゃんたちと、かわいい赤ちゃんの対面も待ち遠しいな。


とにかくおばあちゃんたちには笑かされます。


これぞ天然ボケ?!

なんて言ったら怒られちゃいますね(> <)


とにかく過酷な時代を生き抜いてきた内に秘めた逞しさに、どこか尊敬の念を
抱かせてくれる自然体なおばあちゃん達が大好きです

2011年10月31日月曜日

ちゃっけぇ

まさき君がお世話になっている農家のおばあちゃん。


かなりの房州なまり?のため、お話しても8割がた「?」
なことが多く、まるで外国人とお話しているような感覚になります、、、


この日も里芋の根っこや泥を掃除してたので、ちょっとお手伝い。
しきりに「ちぇっけぇのばかしでこらんめぇや」
「あっだぐ、こりゃちぇっけぇ」などとおっしゃる。

ちゃっけぇ。


Lesson 1


「ちゃっけぇ」


りぴーと・あふたー・みー。

意味:小さい




「これ、そこのちゃっけえの!」


「え???」




「あ、、、、、きゃ」





「いや~ん」

2011年8月12日金曜日

100-1=

石田のくら婆ちゃん、99歳の白寿おめでとう!!



バイクでケーキを運んだらちょっと潰れちゃって残念(> <)

しかし99歳、わたしのちょうど3倍。すごいですねぇ。





数年前、「お元気ですねぇ」と言ったら

「あたしゃ悪もんだからよ、ひひ」と笑っていたお婆ちゃんも、


年々なんだかとても謙虚になられて、

今では食事を運んだだけの私にも

「ありがとうございます」と言って頭を下げられますm(_ _)m

どんどんやはり、仏様に近づいてらっしゃる。



数年前までは、「おもいっきりテレビ」の健康術をTVで見ては
メモを取る(けど実行は一切しない)というのが健康法だったお婆ちゃんも、
震災前までは毎日お風呂も自分で入れたのですが、震災のちょっと前に
転んでしまって、すっかり寝込んでしまい
「もうお迎えが近いよ。あたしゃもう終わりだ・・・・・」
とすっかり意気消沈されていたそうですが、
震災後、またまた息を吹き返しーーーーー

「あたしゃこのままじゃ終われないよ!」と

今ではまたずいぶんお元気になり、自力でお風呂にも入れるまでに・・・


素晴らしい生命力!!!


「まったく‘大(おお)ばあさん’になっちまったよ」

などとのたまう くら婆ちゃん(笑)



100歳まであと1年。


ぜひ100歳のお祝いをしてあげたいな。


命の交代、という意味では、私たちに子どもができるまでは
おばあちゃんは絶対健在な気がする(笑)



それにつけても、義理の父母を100まで面倒をみる
石田の母はほんとうに凄い!


石田家秘伝の長寿梅干し?最後の仕上げで干しました。



母の畑で採れた赤紫蘇でキレーな色がつきました。



3日間天日にあてて、シワシワ シワシワ 幸せがどんどん増えていきます♪


こういうものは本当にいくらお金をつまれても売れないですね。


東京から姉も遊びに来てて、一緒にたのしく干しました。



最後はできた梅酢で一度洗って、もう一度干したら完成です。




明日からお盆。

実の祖父母のお墓にもしばらく行っていないなぁと反省。。。


いくつもの命のつながりの一つである、私たちの今の命。


あらためて、感謝したいような気持ちです。


私たちを生み育ててくれた父、母に感謝。


その父、母を生み育ててくれた祖父、祖母に感謝。


その祖父、祖母を生み育ててくれた曽祖父、曾祖母に感謝。


その曽祖父、曾祖母を育ててくれた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2011年7月17日日曜日

畑け?



と会うと必ず聞いてくれる(笑)、将来がお世話になっている農家のばあちゃん。


「あっだく暑くてこらんねぇやね。トマトでも食べね」と
もぎたてトマトをくれました。


先日の田中優さんの講演会in佐倉ミレニアムセンターは素晴らしかった!


いろいろアップしたいことは山積みだが、猛暑で体力の限界ーーー


お願いだから雨よ降っておくれ~~~と祈っていたら
すごいのが来ちゃうみたい。


そこまですごいのじゃなくてよいのに。。。。。。。

極端です。




ことしは驚くほどトウモロコシたちが順調に育っています。

わが子ながら立派すぎて、びっくりしています。


花が咲いた。



台風ですべてなぎ倒されないことを祈るばかり。



でもカラカラの土に蒔いた大豆は、水やりをしなくとも驚くことに芽をだしました。

自然はほんとうにたくましいです。

2011年6月8日水曜日

へのへの畑 と ばあちゃん



キャベツが採れました♪

いや~みずみずしい。

でも外葉はみごとに青虫くんに食べられて、あまりにレーシィなお姿
だったので剥いてしまいましたの。


葉もみっちり密、味も濃い~くて抜群!

でもことしはこの1個・・・・・・・・



キャベツは内側からぐんぐん巻いてくるので、外側がいくら
虫に食べられても大丈夫だし、放射能の影響も少ない野菜と
言われてるらしいのですが、
なんかなかなか巻かないのですよね・・・・。ん~




かぼちゃんも発芽!
こちらは日向14号という固定種の日本かぼちゃ。

日本カボチャは畑を始めてから、生まれて初めて食べたのですが、
一般的なホクホク系ではなく、水分がかなり多めのしっとりさん。
和のお味です。




そして今年初挑戦の西洋カボチャ。
やっぱり種にみあって、双葉もおおきくかわいらしい。





こんな立派なたまねぎができました♪


なんちゃって。
これは隣の畑のばあちゃんにいただいたもの。

いやー玉ねぎも全然大きくならないのですよ、、、、
まったく無肥料だとやはり地力が足りないもよう。


自然農の畑で採れるようになるには、あと5年の辛抱かな。

今年はこんなチビっこいのばかり。むむむむむー





隣の畑のばあちゃん。


たまねぎの収穫中に話をしてて、「たまねぎは作ったが?」と聞かれ
「作ったんだけど、ちんちくりんばっか」と言ったら
くだんのプレゼントを下さったわけです。


ご覧のとおり、慣行農法のばあちゃんの畑には草1本ないのです。

ふつう、農家さんは草を生やすなんて‘農家の恥’とまで思っている方も
多く、草の管理をしない畑のことを毛嫌いしたりするのですが、
ばあちゃんは私たちの畑をみて「じょうずだよ。じょうずだよ」といつも
誉めてくれるのです。

いやはや嬉しいやら照れくさいやら。


将来が手伝いに行っている農家さんはこの辺一体の本家なので、
まわりはみんな同じ苗字。
隣の畑は「新宅のばあちゃん」。前の畑は「上の家のばあちゃん」
発音は「うえなえん、ばあちゃん」。2個となりは本家の畑で
3個となりは「下の家のばあちゃん(したなえん ばあちゃん)」


「じょうずだよ」「先生だんよ」「(草刈りの)手つきがいいよ」などと
とにかく褒めちぎってくれるばあちゃん達。

「畑にいると、せいせいする(気分がいい)よね」
とばあちゃん達は80過ぎても元気に畑に出ています。





こちらは本家のまでや(物置小屋)。
よく見ると中でばあちゃんがキュウリの袋詰めをしています。

「あっだぐ、こんな曲がったキュウリばっかりで
こらんねぇ(どうしょもない)よ」

などとぶつくさ文句をいいつつも、毎日せっせせっせと働いています。


「今日は畑がい?」と会うと必ず聞かれます(笑)


熱~~~い夏の日も、このまでやの軒下に椅子を並べて
冷たい麦茶を飲めば、涼し~~い風がサーっと通って
それはそれは気持ちがいいのです。


「ま、やって」(「まあ、どうぞ」みたいな)

とお茶やお菓子を勧められます。


最近気付いたのですが、この辺の農家の人は、挨拶という挨拶を
しません。
いわゆる「おはようございます」とか「こんにちは」とか、
もちろん「調子はどう?」なんて言葉は交わされず、

隣の畑のケンジさんは、私たちが畑で作業をしていると95%くらいの割合で
「あーにやっでっだよ」(何やってんだよ)
と話かけてくるし、みんな「暑いね」とか「何蒔いたの?」とか
いきなり会話が始まります。


最初は少し「へ?」と思ったけど、今はなんかそういうのが嬉しい。

そこにいるのが当たり前として受け入れてくれているというか。


挨拶が無いほうが、壁が無いというか。


ばあちゃん達も、田舎の人だから言葉遣いは荒いけど、
その佇まいはホンワカとしていて、それはそれは優しく
もはや人間のオーラとはちと違います。


そんなやりとりが楽しいへのへの畑の春でございます。